はっと息を呑むような素晴らしい演奏とキュートな容貌で聴衆を虜にする若きバイオリニスト、髙木凜々子。広いステージの中央でオーケストラをバックにソリストとして活躍する反面、YoutubeやTikTok等インターネット上に魅力たっぷりな演奏動画をどんどん送り出している。どんな技巧曲でも楽し気に演奏している彼女の姿は、一度見たら忘れられないものになるだろう。今年の1月からはストラディヴァリウスを使い、今後の活躍にますます注目度が高まっている。そんな彼女にとって、このストラディヴァリウス「Lord Borwick」(1702)はどういう存在なのか、共に過ごして半年が経った今、尋ねてみた。彼女の想いを前後編でお届けする。
ストラディヴァリウス「Lord Borwick(ロード・ボーヴィック)」(1702)貸与に関して
黒澤楽器店が取り扱う3本目のストラディヴァリウス。この「Lord Borwick」(※1)は数年前から所有している。深い歴史的な意味を持つストラディヴァリウスを、音楽業界への貢献とその発展のために、またその音色を多くの方に聴いていただきたいと思い、その願いを叶えていただける演奏家を探していたところ、髙木凜々子さんとのご縁をいただいた。髙木さんの音楽への情熱、取り組み方に並々ならぬものを感じ、今後の活動の一助となるべくお貸出しすることとなった。ヴィルトゥオーソ(※2)であるだけでなく、華のある演奏で聴衆を魅了することのできる髙木さんは「Lord Borwick」との相性がとても良く、すでに数々の曲を演奏し、多くの人へ届けている。今後、楽器は彼女の魅力を、彼女は楽器の魅力をもっともっと引き出していくだろう。
(※1)ストラディヴァリウスにはその所有者や演奏者の来歴が明らかなものがあり、たどってきた軌跡に由来する二つ名(通称)が付けられている。今回髙木さんにお貸出ししたストラディヴァリウスは通称「Lord Borwick(ロード・ボーヴィック)」という。
(※2)ヴィルトゥオーソ:完璧な演奏技巧によって困難をやすやすと克服することのできる、卓越した演奏能力の持ち主に対する称賛の言葉。
「まだまだ僕は君の手には負えないよ」と言われているような感覚
――ストラディヴァリウスという楽器をご自身でお使いになる前はどういうイメージをお持ちでしたか?
やはり雲の上の存在ではありましたね。いつかその楽器を使いたいと思って努力していた部分はありましたけど、数が限られている物じゃないですか、ストラディヴァリウスって。
――そうですね。現存しているバイオリンは約520挺ほどと言われていますよね。
『限られた人しか使えない』というイメージがあったので、そんな楽器を自分が使用することになるとは思いもしませんでした。
――では実際ご自身の手に巡ってきて、演奏するようになってからはいかがですか?
まさか自分が使用することになるとは思っていなかったので、最初は半信半疑でした。
手探りで演奏していたら「まだまだ僕は君の手には負えないよ」と、楽器に語りかけられたような感覚があったんです。これは手ごわいぞと思いながら、気を引き締めて何度も演奏するのですが、なかなか思うような音が出せませんでしたね。その後もしばらくは、どうやったら自分の出したい音が出せるのかということにものすごく苦戦していました。そうやって7ヵ月という長い歳月を費やした頃、やっと出したい音が少しずつ出せるようになったんです。今まで使ってきた楽器の中でこんなに自分を試されたことはなかったですね。
――いい楽器ほど鳴らしにくいなんて話も聞きますね。
まさにその通りですね。これは本物のストラディヴァリウスだな!と思いました(笑)。私の先生も「こんなにいい楽器を使わせてもらえてよかったね」と言ってくれました。
――弊社のスタッフは「相性がいい」と言っていますね。
初めて触らせていただいたとき、あご当ても自分の使っているものとは違うものだし、弦も自分と合わない弦が張ってあったんです。そういう場合は演奏する気にならないはずなんですが、気がついたら1時間くらい夢中で弾いていました……。
――なにか惹かれるものがあったんですね。
そうかもしれないです。 もっともっと弾いてみたいなって気持ちが自然と湧いてきた感じだと思います。
――約半年間一緒に過ごしてきて「Lord Borwick」はどんな楽器だと思いますか?
そうですね……キラキラしていて艶やかで、一度聴いたら忘れられない音色です。特にこの楽器は高音がすごくよく響くんですよ。ホールで弾いたときに、聴いてくださっている方の心に深く響く音が出せるんじゃないか、心の中まで音楽を届けられる楽器なんじゃないかなって思っています。
――「ストラディヴァリウスだから」ということではなく、この『Lord Borwick』というバイオリンから受ける影響はありますか?
この楽器を使うことに対しての「挑戦」という気持ちが強いです。やっと思うように自分の音が出せてきたので、高音だけじゃなく低弦に対しても深い音が出せていけるように、自分なりにもっと体の使い方などを研究していけたらなと思っています。ドスの効いた音とか(笑)。
――この楽器でできない表現はない!みたいな。
はい。そうできたらなって思います。
――この「Lord Borwick」、ハッキリ言って欲しいですか?
あ、もう、はい!欲しいです!もう即答(笑)!
若い子たちにクラシック音楽を身近に感じてもらいたい
――髙木さんはYoutubeやTikTokなどクラシック奏者ではなかなか類を見ない活動をされていますが、まずYoutubeを始めたきっかけを教えていただけますか?
Youtubeを始めたきっかけは、まず自分がテレビに出演したっていうのが大元にあって。大学生1年生の時、2015年の12月に『関ジャニ∞のTheモーツァルト音楽王No.1決定戦』という番組に出させていただいて、そこでバイオリン王になったんです。今まで東京でしか活動していなかったものが全国放送のテレビに出たことによって、いろんなところにお住まいの方がファンになってくださったんですね。100人だったTwitterのフォロワーが1,000人になったんですよ。いきなり、一晩で。だからやっぱりテレビの影響ってすごいなと思ったときに「じゃあ今から全国回ろう」っていうのは無理だったので、まずSNSを頑張ろう。そして演奏を聴いてもらおうと思い、動画投稿を始めました。
――TikTokはいかがですか?
TikTokは、とある会社さんから中国版TikTok「抖音(douyin)」で日本人向けの企画があるからやってみないかとお声がけいただき、参加したことがきっかけです。そのときにTikTokっていう存在を初めて知ったんですよ。その企画が終わった後に抖音はやめてしまったのですが、TikTok用の動画のストックがたくさんあって、もったいないなと思ったときに「あ、じゃあ日本版のTikTokに出そう!」と思い投稿を始めました。
――ある意味リサイクル的な。
そうなんです(笑)。もしフォロワーの方がたくさん求めてくれるんだったら、気ままに動画撮って出していこうかなと。それを今も続けています。
――TikTokというコンテンツを使うことによって、今までクラシックを聴いてこなかった方やバイオリンのことをよく知らない方が見るきっかけになっていると思います。
Youtubeはいろんな年齢の方が見ていますけど、TikTokはやっぱり若い子がとても多く見ているので、そういう子たちにクラシック音楽を身近に感じてもらえればと思って。いいきっかけになれていたらいいなと思っています。
――今回ストラディヴァリウスを使用したご自身のファーストアルバムが発売となりましたが、こちらはどんなCDになったのでしょう。
収録曲がすごく魅力的なんです。エルガーの『気まぐれな女』とかヴィエニャフスキの『創作主題による変奏曲』というマイナーなものから『愛の挨拶』、『チゴイネルワイゼン』という有名なものまで、一口に「クラシック」と言っても様々な魅力を持った曲を集めたプログラムになっているので、どんな方にも楽しんでいただけるんじゃないかなと思います。ぜひ手に取っていただけたらなと思います。
2020年8月5日にストラディヴァリウス「Lord Borwick」(1702)を使用した自身のファーストアルバム『Ririko Brillante』が発売。髙木さんの言う通り、クラシックの魅力的が存分に詰まった1枚となっている。
●収録曲
1.創作主題による変奏曲 作品15/ヴィエニャフスキ
2.愛の挨拶/エルガー
3.気まぐれな女 作品17/エルガー
4.ルーマニア民族舞曲BB68/バルトーク
5.ヴォカリーズ 作品34-14/ラフマニノフ
6.ワルツスケルツォ 作品34/チャイコフスキー
7.4つのロマンティックな小品より第1曲/ドヴォルザーク
8.「3つのオレンジへの恋」より行進曲 作品33/プロコフィエフ、ハイフェッツ
9.シンコペーション/クライスラー
10.ウィーン風小行進曲/クライスラー
11.シチリアーノ/パラディス
12.踊る人形/ポルディーニ、クライスラー
13.タイスの瞑想曲/マスネ
14.チゴイネルワイゼン 作品20/サラサーテ
15.ノクターン/アザラシヴィ
髙木凜々子(バイオリン)、鈴木慎崇(ピアノ)
インタビュー前編ではストラディヴァリウスに対する思いの丈と、インターネット上で活動する目的を語ってくれた髙木さん。銘器ゆえの苦悩や、ファンを大切にする姿勢が伺えた。
後編は髙木さんが愛用している弦楽器アイテムや、演奏時に大切にしていることなど、髙木さんの音楽の核心に迫る。
プロフィール
髙木 凜々子 (たかぎ りりこ)
巨匠アッカルドが認める若き実力者。
2017年、ハンガリー、ブタペストで行われたバルトーク国際コンクールで第2位、並びに特別賞を受賞し、国際的に注目される。続く2018年、東京音楽コンクールで第2位、並びに聴衆賞受賞。国内外でのリサイタルやオーケストラとの共演で活躍の場を広げる。3歳よりバイオリンを始める。日本演奏家コンクール、洗足学園ジュニアコンクール、全日本ジュニアクラッシックコンクール、小学生部門それぞれ第1位。全日本学生音楽コンクール全国大会第3位。かながわ音楽コンクール、横浜国際音楽コンクール、全日本学生音楽コンクール東京大会中学生部門それぞれ第1位。津田梅子賞受賞。2010年度財団法人 ヤマハ音楽振興会最年少音楽奨学生。2018年度ローム音楽奨学生。東京芸術大学音楽学部附属音楽高校を経て東京芸術大学音楽学部卒業。その他のコンクール歴としては2012年オーストリア、オスト•ヴェスト•ミュージックフェスト音楽祭主催ベートーヴェン国際コンクール第1位。2014年イタリアで開催されたユーロアジア国際音楽コンクール in Italy 第1位。2015年ユーロアジア国際音楽コンクール in Tokyo 第1位。2016年スペインで開催されたユーロアジア国際音楽コンクール in Spain 第1位。2017年 シュロモミンツ国際コンクール第3位。2018年5月にはニューヨーク日本総領事館にてリサイタルを開催し、コシュシュカ財団から新人賞を受賞した。東京文化会館をはじめ、日本各地でリサイタルを行う。これまでに、読売日本交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、神奈川フィルハーモニー、広島交響楽団、大阪交響楽団、ハンガリー国立交響楽団セゲド、ブダペストのアニマ・ムジツェ室内合奏、ハンガリーソルノク市立交響楽団、など国内外の楽団とチャイコフスキー、メンデルスゾーン、ブラームス、ベートーヴェン、ブルッフ、モーツアルトなどの協奏曲や小品を共演し好評を博す。使用楽器は(株)黒澤楽器より貸与されているストラディヴァリウス「Lord Borwick」(1702年)